競馬予想の名馬達《ナリタブライアン》

競馬予想の名馬達《ナリタブライアン》

1990年代に競馬予想をしながらレースを楽しんでいた人にとって、ナリタブライアンは多くの人の印象に残る名馬です。

ブライアンズタイムを父に、パシフィカスを母に持つナリタブライアンの生年月日は1991(平成3)年5月3日で、生産牧場は早田牧場新冠支場です。出生時は他馬と比べて目立つ所はありませんでしたが、成長とともに高い身体能力を示し始め、競走馬として歩み始める前から関係者の間で評判となっていました。

ナリタブライアンは、オースミシャダイやナリタタイシンの馬主として知られる山路秀則によって購入されました。3歳となった1993(平成5)年5月に大久保正陽調教師の厩舎に入り、8月15日に函館競馬場の新馬戦でデビューしましたが2着に敗れ、中1週で出馬した新馬戦で初勝利をあげました。

デビューしてしばらくの間、ナリタブライアンの成績は安定しませんでした。これは、レース直前になると興奮する傾向があったことと、生まれつき臆病な面を持っていたことが理由でした。陣営はこれを解消するために、一般的な競走馬より短い間隔でレースに出走させ、6戦目の京都3歳ステークスからはシャドーロールを装着しました。以後、ナリタブライアンは並外れた集中力と身体能力で数々の大きなレースを制していきました。

ナリタブライアンの通算成績は21戦12勝、主な勝ち鞍は朝日杯3歳ステークス、皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念ですが、競走生活においてあげた勝利のほとんどは3歳から4歳にかけてでした。その理由は5歳時に右股関節炎を発症したためで、2ヶ月程度の治療が施されて復帰したものの、その後は全盛期の力を発揮できず精彩を欠くレースが続きました。6歳時の阪神大賞典でマヤノトップガンとの印象的なマッチレースを制し、復活の兆しを見せ始めたものの、天皇賞で2着、高松宮杯で4着に敗れた後、右前脚に屈腱炎を発症したため、引退を余儀なくされました。